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光の天使☆



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2013-06-30 22:33 : 未分類 : コメント : 0 :

被災地支援 書籍のデジタル化 復興予算 無理やり消化


東海村の甲状腺超音波検査、

未就学児のうち要精密検査が7人、

経過観察が230人(6/28 産経新聞)左矢印 

子供たちの未来に影をおとした原発事故

せめて復興予算を子どもたちのために使って欲しい。


注意あまりに金額が集まると使い切ることに

意義があると勘違いしてるのでしょうか。

こちらの記事にも書きましたが左矢印

*復興予算、電力会社支援に流用 原発停止の負担穴埋め*

朝日は一部しか見れませんが

東京新聞の記事にも
復興予算 中部電に20億円流用左矢印

京都でも発覚!

復興予算 府、被災者支援は1.8% 配分105億円 すでに6割支出

復興予算のこのずさんな使い方。
非難受け返させようとしても

流用の復興予算、返還1千億円どまり 

大半は執行済み

年金もインフラにも株にも使われる今後どうなるか。

●公的年金の株式投資への運用左矢印

●「聞いてないぞ!竹中平蔵!!年金資金でインフラ整備左矢印


ざるから水が漏れるように使われてます。

復興予算関連の記事は東京新聞は以前もこんな
記事を。

公安調査庁が
名目は、「過激派対策費」で
復興予算を使って、パイ活動のため
に車14台を購入していました。
2800万円を計上し、そのうち、東北地方に
配備されたのは、たった1台だけだでした。

復興の名のもとに税金を使いきる。

被災地では困ってる方戻れない方多数なのに。

クローバー東京新聞の記事からです☆


経済産業省が中小出版社や東北の被災地へ
の支援を掲げ、復興予算を投じた書籍の
緊急電子化事業で、電子化された書籍の
六割近くが出版大手五社の作品だったことが
本紙の調べで分かった。

中小からの申請が少ないため、大手に頼ん
で予算を消化していた。

25%は東北と関係なく使われており、
復興予算のずさんな使い方に疑問の声が
上がっている。

 この事業は「コンテンツ緊急電子化事業」

(事業費二十億円)。東日本大震災で被災した東北で、

中小出版社が電子書籍を作る費用を国が半額補助

することで、電子書籍市場を活性化するととも

に復興に役立てようと、経産省が二〇一一年度第三次

補正予算に補助金十億円を計上。


東京の社団法人「日本出版インフラセンター」(JPO)

に事業委託し昨年度に実施された。


 事業計画では

(1)出版社が持つ東北関連書籍など復興に役立つ書籍を

選定


(2)東北・被災地域で一定要件を満たす企業を通じて

デジタル化-すると説明。出版各社に電子化する

書籍を募った。


 ところが、JPOによると、中小からの申請は低迷。

一社あたりの申込数の上限など、次々に条件を緩和し

て申請をかき集めた。


 それでも昨年十二月の締め切り直前までに集まった

点数は予定の三割。大手に協力してもらい、やっと

六万五千点を確保した。


この結果、中小のための予算だったのに全体の六割、

三万八千点が大手の作品となった。


全体のうち二万点は、既に流通しているデータの

ファイル形式を変換しただけのものだった。

 

東北の復興に関しても、条件を緩和。東北外の制作会社

を指定できるようにしたほか、義務としていた東北の

図書館への寄贈をしなくてもよくなった。


事業に携わった関係者によると、東北以外で作られた

電子書籍は点数で三割以上、金額でも25%にのぼる。


 JPOは、電子化する本が事業目的にかなうかどうか

審査する委員会を設けていたが、事業開始直後に

二回開いただけ。


委員を務めたフリー編集者の仲俣暁生さんは

「後半の大量の申請は、検討する機会もなかった。

機能は果たせていない」と批判。


出版社ごとの内訳も示されておらず、

「誰でも検証可能なように内訳を公開すべきだ」

と指摘する。



 こうした批判を受けて、JPOは、有識者らによる

第三者委員会を作り、事業の検証をすることを決めた。

 

経産省文化情報関連産業課の担当者は「(大手も含め)

出版社は全部中小企業。全作業を東北でできるとは、

もともと想定していない。


被災地に電子書籍が産業として根付くことが重要で、

すばらしい事業だった。


出版社が面倒くさがって進めてこなかった電子化が

急速に進んだのも、この事業のおかげ」と成果を強調した。

 

<復興予算>

 東日本大震災からの復興のため、

政府の復興基本方針に基づいて特別に組んでいる

予算で、総額25兆円。


うち10・5兆円分は所得税や住民税などの増税で

賄われる。


被災地以外の道路整備や南極海での反捕鯨団体の

妨害活動対策など、被災地再建と直接関係のない事業へ

の流用が問題になり、政府は本年度からは使途を原則

として被災地の事業に限定している。


2013-06-28 23:20 : 災害支援 : コメント : 12 : トラックバック : 0 :

*卵と壁*スピーチ全文☆高くて硬い壁に勝てる希望は~

-常に卵の側に-  村上 春樹

私は今日小説家として、ここエルサレムの地に来ています。

小説家とは、“嘘”を糸に紡いで作品にしていく人間です。

もちろん嘘をつくのは小説家だけではありません。

知っての通り、政治家だって嘘をつきます。

外交官だろうと、軍人であっても、あるいは車の販売員や
大工であろうと、それぞれの場に応じた嘘をつくものです。

しかし、小説家の嘘は他の職業と決定的に異なる点があります。

小説家の嘘が道義に欠けるといって批判する人は
誰もいません。

むしろ小説家は、紡ぎだす嘘がより大きく巧妙であれば
あるほど、評論家や世間から賞賛されるものなのです。

なぜでしょうか。

私の答えはこうです。

小説家が巧妙な嘘をつく、言いかえると、
小説家が真実を新たな場所に移しかえ、別の光をあて、
フィクションを創り出すことによってこそ、真実はその姿を
現すのではないかと。


ほとんどの場合、真実を正確に原型のまま把握することは
実質的に不可能です。

そう考えるからこそ、

私は真実を一度フィクションの世界へ
と置き換え、その後フィクションの世界から翻訳してくる
ことによって、隠された場所に潜む真実をおびき寄せ、
その尻尾を掴み取ろうとしているのです*

そのためには、まずはじめに私たちの中にある真実が
どこにあるのかを明らかにしなければなりません。

これは良い嘘をつくためにはとても重要なことです。

しかしながら、今日は、私は嘘をつこうとは思っていな
いのです。

私はできるだけ正直であろうと思っています。

私が嘘をつかない日は一年のうちほんの数日しかない
のですけれども。しかし、今日はそのうちの一日です。

そういうわけで、“本当のこと”をお話します。

このエルサレム賞は受け取らないほうが良いのではないか、
この地に来ないほうが良いのではないか、
そう助言してくる人が少なからずいました。

もしここに来れば私の本の不買運動を展開すると警告
してくる人さえいました。

もちろんその理由は、ガザ地区で激しい戦闘があったからです。

国連のレポートによると、1,000人以上の人々が封鎖された
ガザの中で命を落としました。

その多くは、子供や老人も含む非武装市民です。


授賞式の案内が届いてからずっと、私は自らに問いかけてきました。

このタイミングでイスラエルの地を訪れ文学賞を受賞することが
はたして適切だろうか、このような衝突下にあって、わたしが
片方を支援するという印象をつくり出してしまうのではないか。

圧倒的な軍事力を浴びせることを選択した国家政策を支持
することになるのではないか、と。

もちろん私はそのようなことを望んでいません。

私はいかなる戦争も支持しませんし、いかなる国の支援も
おこないません。

付け加えれば、私の本が不買運動をおこされるのを
見たいとも思いませんしね。

悩みぬいた末、しかしながら最終的に私はこの地に来ること
にしたのです。

決断した理由の一つは、あまりに多くの人がこの地に
こないほうが良いと私に言ってきたからです。

他の多くの小説家と同様、私は自分に言われることと
全く反対のことをする傾向があります。

「そこに行かないほうがいい」、「そんなことはしないほうがいい」
と言われると、ましてや警告なんてされようものなら、
私は「そこに行きたくなる」し、「それをしたくなる」のです。

これはいうなれば小説家としての私の特性です。

小説家というのは特殊な人種です。

小説家は、自分の眼で見たり、あるいは手で触れたりした
感覚無しには、何も信じることができないのです。

これが、私がここにきた理由です。

私は欠席するよりもこの場所に来ることを選びました。

何も見ないよりも自分の眼で見ることを選びました。

そして沈黙でいるよりも話すことを選んだのです。

これは、私が政治的メッセージをこの場に持ってきた、
ということではありません。

もちろん善と悪を判断することは小説家には最も大事な
役割の一つではあります。

しかし、その判断をどのような形で他に伝えるかというこ
とについては、それぞれの書き手に委ねられているのです。

私自身は、それを現実を超えた物語に変換することを好みます。

今日皆さんの前に立って政治的メッセージを
お話するつもりがないというのは、そういう理由からです。


そのかわり、この場で極めて個人的なメッセージをお
話しすることをお許しください。

これは私がフィクションを書く間、ずっと心に留め
ていることです。

紙に書いて壁に貼るとか、そういったことではなく、
私の心の奥に刻み付けていることがあるのです。

それはこういうことです。

「高くて硬い壁と、壁にぶつかって割れてしまう卵
があるときには、私は常に卵の側に立つ」


そう、壁がどんな正しかろうとも、その卵がどんな間違
っていようとも、私の立ち位置は常に卵の側にあります。

何が正しくて何が間違っているか、何かがそれを
決めなければならないとしても、
それはおそらく時間とか歴史とかいった類のものです。

どんな理由があるにせよ、もし壁の側に立って書く作家
がいたとしたら、その仕事にどんな価値があるというのでしょう。

この比喩の意味するところは何でしょうか。

あるケースにおいては、それはあまりにも単純明快です。

爆弾・戦車・ミサイル・白リン弾は高くて硬い壁である。

卵はこれらに撃たれ、焼かれ、つぶされた、非戦闘市民である。


これがこの比喩の意味するところの一つです。

しかしこれが全てではありません。

もっと深い意味もあるのです。

このように考えてみませんか。私たちは皆それぞれ、
多かれ少なかれ、一つの卵であると。皆、薄くてもろい殻
に覆われた、たった一つのかけがえのない魂(たましい)
である、


と。これは私にとっての“本当のこと”であり、
皆さんにとっての“本当のこと”でもあります。

そして私たちは、程度の多少はあるにせよ、
皆高くて硬い壁に直面しているのです。

この壁には名前があります。それは“システム”というのです。

“システム”は私たちを守ってくれるものですが、
しかし時にそれ自身が意思を持ち、私たちを殺し始め
、また他者を殺さしめるのです。

冷たく、効率的に、システマティックに。

私が小説を書く理由は、たった一つしかありません。

それは個が持つ魂の尊厳を表に引き上げ、そこに光を
当てることです。


小説における物語の目的は警鐘を鳴らすことにあります。

糸が私たちの魂を絡めとり、おとしめることを防ぐために
、“システム”に対しては常に光があたるようにしつづけなく
てはならないのです。

小説家の仕事は、
物語を書くことによって、一人ひとり
がそれぞれに持つ魂の特性を明らかにしようと
することに他ならないと、私は信じています*


そのために、生と死の物語、愛の物語、あるいは多くの
人が泣いたり、恐れおののいたり、笑い転げたりする物語
を紡いできたのです。

これが私が、来る日も来る日も、徹底的な深刻さで
大真面目にフィクションを紡いでいる理由なのです。

私の父は昨年90歳で亡くなりました。

父は教師を引退し、たまにパートタイムのお坊さんとし
て働いていました。

父は学生だった時に、陸軍に招集され中国の戦場に送られました。

戦後生まれの私は、毎朝朝食の前に、我が家の仏壇の前
で父が長く深い祈りをささげているのを見ていました。

あるとき私は父に、なぜそんなことをするのかと尋ねました。

父は私に、あの戦争で亡くなった人のために
お祈りをしているのだと教えてくれました。

父は、敵も味方も関係ない、亡くなった全ての人のために
祈っているのだ、と言いました。

仏壇の前で正座している父の背中をじっと見つめるうちに、
私は父の周りを漂っている“死の影”を感じた気がした
のです。

父が亡くなると同時に、私が決して伺い知ることのできな
かった父の記憶も失われてしまいました。

しかし、私の記憶の中にある、父の陰に潜む“死の存在”
は、今なおそこにあるのです。

これは、私が父から引き継いだ、ほんの小さな、しかし
最も重要なことの一つです。

私が今日、皆さんに伝えたいと思っていることは、
たった一つだけです。

私たちは皆、国家や民族や宗教を越えた、独立した人間
という存在なのです。

私たちは、“システム”と呼ばれる、高くて硬い壁に
直面している壊れやすい卵です。


誰がどう見ても、私たちが勝てる希望はありません。

壁はあまりに高く、あまりに強く、そしてあまりにも冷たい


しかし、もし私たちが少しでも勝てる希望があるとすれば、
それは皆が(自分も他人もが)持つ魂が、かけがえのない、
とり替えることができないものであると信じ、
そしてその魂を一つにあわせたときの暖かさによって
もたらされるものであると信じています。


少し考えてみましょう。

私たちは皆それぞれが、生きた魂を実体として
持っているのです。

“システム”はそれをこれっぽっちも持ってはいません。

だから、“システム”が私たちを利用することを
決して許してはならない、“システム”に意思を委ねては
ならないのです。

“システム”が私たちを創ったのではない、
私たちが“システム”を創り出したのですから。

以上が、私が皆さんにお話しようと決めた内容の全てです。

最後に、このエルサレム賞の受賞について、心から感謝
申し上げたいと思います。

また、私の本が世界中の多くの人々に読まれていること
についても、同様に感謝申し上げます。

そして今日、この場で皆さんにお話する機会を
提供いただいたことに、お礼申し上げます。


---------------------------------------------------------------------------------------------
原文☆
Always on the side of the egg
By Haruki Murakami

I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to
say as a professional spinner of lies.

Of course, novelists are not the only ones who tell lies.
Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and
military men tell their own kinds of lies on occasion,
as do used car salesmen, butchers and builders.

The lies of novelists differ from others, however, in that
no one criticizes the novelist as immoral for telling them.
Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously
he creates them, the more he is likely to be praised
by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: Namely, that by telling skillful lies
- which is to say, by making up fictions that appear
to be true - the novelist can bring a truth out to a new location
and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible
to grasp a truth in its original form and depict it accurately.

This is why we try to grab its tail by luring the truth
from its hiding place, transferring it to a fictional location,
and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this,
however, we first have to clarify where the truth lies within us.

This is an important qualification for making up good lies.
 Today, however, I have no intention of lying. I will try
to be as honest as I can. There are a few days in the year when
I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.

So let me tell you the truth. A fair number of people advised
me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some
even warned me they would instigate a boycott of my books if I came.

The reason for this, of course, was the fierce battle that was raging
in Gaza. The UN reported that more than a thousand
people had lost their lives in the blockaded Gaza City, many of them
unarmed citizens - children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award,

I asked myself whether traveling to Israel at a time
like this and accepting a literary prize was the proper
thing to do, whether this would create the impression
that I supported one side in the conflict, that I endorsed
the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming
military power. This is an impression, of course, that
I would not wish to give. I do not approve of any war, and
I do not support any nation. Neither, of course, do I wish to
see my books subjected to a boycott.

Finally, however, after careful consideration,
I made up my mind to come here. One reason for my
decision was that all too many people advised me not to
do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the
exact opposite of what I am told. If people are telling me -
and especially if they are warning me - "don't go there,"
"don't do that," I tend to want to "go there" and "do
that." It's in my nature, you might say, as a novelist.
Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust
anything they have not seen with their own eyes or touched
with their own hands.

And that is why I am here. I chose to come here rather
than stay away. I chose to see for myself rather
than not to see. I chose to speak to you rather
than to say nothing.

This is not to say that I am here to deliver a
political message. To make judgments about right and
wrong is one of the novelist's most important duties, of course.

It is left to each writer, however, to decide upon the
form in which he or she will convey those judgments
to others. I myself prefer to transform them into stories
- stories that tend toward the surreal. Which is why
I do not intend to stand before you today delivering a
direct political message.

Please do, however, allow me to deliver one very
personal message. It is something that I always
keep in mind while I am writing fiction.
I have never gone so far as to write it on a
piece of paper and paste it to the wall: Rather,
it is carved into the wall of my mind, and
it goes something like this:

"Between a high, solid wall and an egg that breaks
against it, I will always stand on the side of the egg."

Yes, no matter how right the wall may be and
how wrong the egg, I will stand with the egg.

Someone else will have to decide what is right and
what is wrong; perhaps time or history will decide.

If there were a novelist who, for whatever reason,
wrote works standing with the wall, of what value
would such works be?

What is the meaning of this metaphor? In some
cases, it is all too simple and clear. Bombers
and tanks and rockets and white phosphorus
shells are that high, solid wall. The eggs are the
unarmed civilians who are crushed and burned
and shot by them. This is one meaning of the metaphor.

This is not all, though. It carries a deeper meaning.
Think of it this way. Each of us is, more or less,
an egg. Each of us is a unique, irreplaceable
soul enclosed in a fragile shell. This is true of me,
and it is true of each of you. And each of us, to a
greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall.

The wall has a name: It is The System.

The System is supposed to protect us, but
sometimes it takes on a life of its own, and then
it begins to kill us and cause us to kill others -
coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and
that is to bring the dignity of the individual
soul to the surface and shine a light upon it.

The purpose of a story is to sound an alarm,
to keep a light trained on The System in order
to prevent it from tangling our souls in its web
and demeaning them. I fully believe it is the novelist's
job to keep trying to clarify the uniqueness of each
individual soul by writing stories - stories of life
and death, stories of love, stories that make
people cry and quake with fear and shake with
laughter. This is why we go on, day after day,
concocting fictions with utter seriousness.

My father died last year at the age of 90.

He was a retired teacher and a part-time
Buddhist priest. When he was in graduate school,
he was drafted into the army and sent to fight in
China. As a child born after the war, I used to see him
every morning before breakfast offering up long,
deeply-felt prayers at the Buddhist altar in our
house. One time I asked him why he did this, and
he told me he was praying for the people who had
died in the war.

He was praying for all the people who died, he said,
both ally and enemy alike. Staring at his back as
he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow
of death hovering around him.

My father died, and with him he took his memories,
memories that I can never know.

But the presence of death that lurked about him
remains in my own memory. It is one of the few things
I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today.
We are all human beings, individuals transcending
nationality and race and religion, fragile eggs faced
with a solid wall called The System. To all appearances, we
have no hope of winning. The wall is too high, too strong -
and too cold. If we have any hope of victory at all,
it will have to come from our believing in the utter
uniqueness and irreplaceability of our own and others'
souls and from the warmth we gain by joining souls together.

Take a moment to think about this. Each of us
possesses a tangible, living soul. The System has no
such thing. We must not allow The System to exploit us
. We must not allow The System to take on a life of its own.

The System did not make us: We made The System.

That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem
Prize. I am grateful that my books are being read by
people in many parts of the world.

And I am glad to have had the opportunity to speak
to you here today.

2013-06-28 02:59 : 生き方 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

アメリカの良心☆

多くの感動を読んでいます。

実際にイラク戦争に赴いた元アメリカ兵たちが
「NATO(実質アメリカ軍)こそがテロリスト」と気づき、
一人ずつステージに立って、従軍メダルを返す理由を
述べる動画☆

ここにアメリカの良心を見たと。

アメリカこそ世界各地に争いの種を蒔きテロリストでは
という疑惑をいま世界中思いはじめてます。

シリアの反政府軍支援もそうです。

この動画の記事を
kayさん☆目覚め始めたアメリカ兵
momoさん☆アメリカの帰還兵一つの声
が書かれてます。
非常に優れた感性と視点でいつも読者を魅了するお
2人の記事是非ご覧下さい☆




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

米国は反省どころかますます監視を強めてます。

職場内脅迫:機密情報漏洩を防ぐため、

政府職員らに同僚を通報するよう要求

メディアが専らエドワード・スノーデンが
どこにいるかばかりに注目している一方で、
内部告白者に対するオバマ政権の弾圧のさらなる
弾圧が。政府による機密漏えいへの押さえ込みは
スノーデンやAP通信社のような今話題の事例ばかりではなく、
多数の政府機関や部署、さらには諜報や国家安全保障
に何の関係のない人々にまで及んでいるといいます。

米政府はほぼ2年間にわたって、政府職員らが
同僚の行動を常に監視し、疑惑があれば報告せよ
という「職場内脅迫」(Insider Threat)と
呼ばれるプログラムを遂行してきました。

同プログラムは、機密事項だけでなく、
どんな情報についても外部に漏らそうとする
政府関係者を標的にしています。

これらも諸々のことが、マックラッチー紙に
警告を発せさせることとなりました。

「[職場内脅迫]プログラムは、機密でない
がきわめて重要な情報が市民に流れることを
政府が阻むのを容易にしました。

同時に、根拠のない疑惑といい加減な捜査で
職場環境は汚染されています」。

詳細はリンク先のデモクラシーナウでどうぞ☆

■そしてNSAのPRISMなど米国政府による監視
(通信データの入手)について突っ込んだ取材を
していたのではないかと思われ彼の取材内容は闇に。

マイケル・ヘイスティングス氏が ロサンゼルスで33歳で
自動車事故で死去(陰謀の匂いが・・・)

 権力に立ち向かいアフガン戦争の虚構を
暴いた 恐れ知らずのジャーナリスト

多くの記者からも愛され惜しまれてます。

まとめサイトにも詳細が☆

イラクとアフガニスタンからの広範囲にわたる
彼の報道は、残酷な戦争の実態を暴き出し、
多くの人に読まれました。

2010年ローリング・ストーン誌に掲載された
アフガニスタンの米司令官スタンレー・マクリスタル
将軍に関する彼の記事は、マクリスタルと
彼の補佐官が政府高官に対して中傷的な発言をした
として、政治的議論に火をつけました。




この記事は、戦争の方向性をめぐって長きにわたる
文官と軍部の意見の相違を露呈し、
マクリスタルを辞職へと追い込みました。

マイケル・ヘイスティングス記者 マクリスタル失脚の背景を明かす左矢印

映画監督のオリバー・ストーンは、
デモクラシー・ナウ!に提供された文書の中で、
「マイケル・ヘイスティングは、短い一生の中
で出来る以上のことをやり遂げました。

彼はわが国でも最も優秀な若手調査報道記者の一人で、
危険をかえり見ない彼の報道にはある意味彼の命
がかかっていました。

われわれには、許しがたい戦争犯罪や社会の
支配至上主義の傲慢さに積極的に抵抗する
マイケルのような若い世代がもっと必要です」と
話しています。ローリング・ストーン誌は、
「ヘイスティングスは決して権力に取り入らない
リポーターだった。

彼はすばらしい報道の遺産を残してくれた」
というコメントを発表しました。

本日は、2010年と2012年の2回、ハスティングが
デモクラシー・ナウ!に出演した時の様子を振り返ります

動画などはこちらで☆
2013-06-27 11:03 : 米国 : コメント : 8 : トラックバック : 0 :

with angel☆

本日伯母のお見舞いのプレゼントとしてお願いして
ました、
ゆり呼さん☆絵が無事に届きました☆

こういう縁つないでいただいて本当に感謝です。

素敵ですね~キラキラバージョンにしていただいた
のでほんと煌めいてます★

左側の微笑む天使についてはこちらの記事でどうぞ☆

photo:01

ブログ休む前に
ばら
ゆり呼さんからbara
星空銀河鉄道の絵☆が届いて、伯母にこの絵の画像
を見せたら感激したのでお願しました。

ほんとうに本当に可愛らしくて~~あかず
眺めてられます。

幻想的で心に癒しのオーラ届けます★

photo:02

■下の画像右側は以前お嫁入りしていただた。
水彩クロッキーのロシア美人☆
モデルさんがいらっしゃいます。

実に魅惑的で惹かれました^^。
モデルさんのことはこちらの記事でどうぞ☆

左のお花の絵はわたしが生まれて初めて購入した絵☆
もう10年以上も前?です。

額の縁取りが金と銀で対になってるようで雰囲気が
あってます。(実家に飾ってあります)

色彩がゆり呼さんの描くお花と似通ったもの感じます。

ゆり呼さんの絵に惹かれたのもなるほどと思う好きな
色彩感なんでしょう。


photo:02


■微笑む天使☆キラキラバージョンもなんと
プレゼントとしてお嫁入りしてくださいました★

右側が手のひらアート展の作品☆
こういう女性のような優しい笑み浮かべてたいと
思います^^。

これピアノの上なんですが、すっかり本棚状態に^^;;

左には天使を迎える女神もおられます。


photo:01

一部差し上げて家からお嫁入りした絵も。

そして大御所☆シンデレラ☆左矢印はまだ飾れてません。

寝室に置きたいのですが、飾る場所が~~ない^^;;
いつかどう飾るか、夢想中です^^。

iPhoneからの投稿
2013-06-19 22:18 : 絵画 : コメント : 8 : トラックバック : 0 :

ありがとうございました★

いつもご訪問&応援本当にありがとう

ございます。

今回心配おかけしました、

お気遣いもほんとうにありがとう

ございました。


伯母もとりあえず元気にはなりましたが

今後も疲れとストレスがたまれば再発は

ありえるそうで心配です。


でも天使も見守ったのかワンちゃんの命が

なんと奇跡が起き繋がりました。


皆様の優しい祈りほんとうにありがとう

ございました。


嬉しいです本当に、

詳細はいつもワンちゃんの守護天使

ナランチャさん★ のブログでどうぞ。


ほんとうにありがとうございました。


まだペタなどお返しできごめんなさい。


今日一応東京に戻りますので

取り急ぎご報告まで★

2013-06-15 14:45 : ブログ : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

追記☆命の期限が迫ってます!☆天使に見守られ少しおやすみします☆

追記☆今日で締め切りの命があります。

ワンちゃんの命も救えない無力さ感じますが

ツイッターやなうでは拡散してきました。


わんわん熊本県天草保健所 里親急募!!



②白茶MIX犬♂ こちらで詳細を☆

こちらは無事新たな飼い主がのようです!



奇跡が起こりますように!よろしくお願いします!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

いつもほんとうにありがとうございます。

なうでl拡散していただいたり、転載していただいたり

ご訪問やコメントまでいただき、皆様のおかげで記事

も書くことができます。


お礼の訪問も満足にできていずコメントもお返し訪問

も不十分で申し訳ありません。


美しい写真や素敵な癒される記事お書きになる方
がほんとうに多くもともと絵や音楽、文学が好きな
ので癒されてます。


情報も私以上にみなさん詳しく正確に記事にしてくださり

ありがとうございます。


ブーケ1製作過程までご紹介くださる
ほっと癒される光の絵画 感謝と祈りの詩と薔薇とアートコレクション ゆり呼さん☆


プレゼント企画してくださったり☆


今の基準ではアウトだそうでで、破ったりなさり絵の断捨離

をなさってたので、よければ我が家でお迎えしますと

申し入れ来ていただいた絵とかで我が家に天使と

微笑みが溢れてます☆



今日ご紹介できるのは音楽が流れる天使☆

この可愛らしさ、これで捨てられるのは

もったいないです、完成度がゆり呼さんの心の中では

まだだったようです。


実は今諸事情で自分の部屋に戻れず、弟が

画像送ってくれました^^。

弟の電子ピアノの上に飾ってます。


となりのお人形は5月のラ・フォル・ジュルネ☆  

わたしがお土産に渡したものです。


photo:01

偶然弟の好きなクレーの天使の絵と 左矢印雰囲気があって

弟も驚いてました


photo:02

ほかの絵もご紹介したいのですが

後日に☆

実は私自身のことではなく、お世話になってる伯母

の看病でしばらくブログをお休みします。


祖母の面倒ずっと見ていただいててストレスも

あったんでしょう。倒れました・・・・


ここ1週間が病気が悪くなるか境目のようです。

土曜日まで親戚の家に行きます。


看病というか祖母の面倒など看ることになりました。


母はもともと体はあまり丈夫ではありませんから。

ということで今週はブログおやすみします。


また再開したときはよろしくお願いします☆



※メッセージは閉じますのでなうでご連絡ください☆

①薄茶MIX犬♂ こちらで詳細を☆
2013-06-11 00:55 : ブログ : コメント : 32 : トラックバック : 0 :

幸せホルモンは腸から☆

最近の腸についていかに大切か、第2の脳とか

言われてます。


「病は胃腸から」―「腸の脳」に注目 左矢印という記事

が、ウォールストリート・ジャーナル日本版に

掲載されていました。


食道から胃、腸まで1本で繋がった

消化管が、脳とは独立した独自の

腸神経系を有し、それを研究者らは

「腸の脳」と呼んでいるとのことです。


免疫力低下の日本国民、気になります。


究極の免疫力/講談社インターナショナル
¥1,680
Amazon.co.jp


この本でも脳は端末器官とつながっていて、

お互いが連動してはじめて機能できると

書かれてます。


唯脳論のように脳が独立して存在しているわけ

ではありませんし、脳が端末器官に対して絶対的

な優位を持っているわけでもありません。


脳は筋肉のためのシステムです 内臓脳(大脳辺縁系)

が腸管の平滑筋とともに 働き、体壁脳すなわち

大脳新皮質が感覚系、 運動系とともに体壁系の

錘体路系に支配される 筋肉とともに働いている

そうです。


それを考えると過食症や拒食症がおこることが

なるほどと思います。 これらの病気の原因の

ひとつはストレスです。


そのストレス時などに分泌が減る神経伝達物質

セロトニンは、なんとその95%が腸内で作られて

いるそうです。 セレトニンは幸せ物質と言われて

ます


これらの病気の原因のひとつはストレスです。


そのストレス時などに分泌が減る神経伝達物質

セロトニンは、なんとその95%が腸内で作られて

いるそうです


セレトニンは幸せ物質と言われてます。

そのセレトニンを出す方法は

こちらで☆

よく泣くといいと言われますが本当なんですね。


失恋したら号泣しましょう^^;;

ニンニクもいいそうです。


ニンニクは内部被爆にも効果のようだしほんと

にんくスープとかいいですね~ お薦めです☆


にんにくトマトスープレシピ☆



腸がセロトニンと深く関与してるという記事☆


より紹介。

ペタしてね


異物を吐いたりするのも腸が体のダメージを最小限に

食い止めようとする働きなんですね。


以下転載です。


今日は、「腸が独自の脳を持っている」というお話を・・・。

小腸には脳からの神経細胞がほとんどつながって

いないので、脳の支配下になく、独自に働いています。


胃や肝臓、腎臓などは腸から分化した臓器なので、

肝臓に「胆汁を出せ」と司令を出したりするのも、

小腸が自己判断で行っています。


逆に脳に干渉する場合もあります。毒物や腐った

ものが口に入ると、腸は瞬間的に、神経細胞を

介して脳の嘔吐中枢を刺激します。

吐くことで体のダメージを最小限に食い止めようと

いうわけです。
すごい仕組みですよね。

なので、私たちはたとえ脳死状態になったとしても、

小腸の中に栄養が入ってくる限り、それを消化する

ことがほぼできます。


そして、腸の中でも「大腸」は、進化の過程で

小腸の働きをフォローするためにできた器官。


大腸は脳と神経でつながり、自律神経の支配を

受けています。


だからストレスにも敏感に反応するというわけな

のですが・・・。

1980年代、アメリカのコロンビア大学医学部

の解剖細胞生物学教授マイケル・D・ガーション博士

が発表した「腸は第2の脳である」という学説は

、世界に一大センセーションを巻き起こしました。


彼は、脳に存在し、精神を安定させる神経伝達物質

セロトニンの95%が腸で作られることを指摘し

ています


また腸だけが、脳や脊髄からの司令がなくても

反応をおこさせる神経系を持つことにも触れ、

「あの醜い腸は心臓よりずっと賢く、豊かな感情を

持っている。進化はうまい工夫をした。


われわれの先祖はアメーバの原生的生物から

進化して脊椎を獲得した時、頭蓋と腸の両方に、

それぞれ別の感情をもつ脳を発達させたのだ」

言っています。

この発見によって、体のあらゆる器官を

コントロールしてくれるのは「脳」であると

いうそれまでの常識が覆され、腸の中にも

一部脳と同様の機能があることが証明され

たのです。


つまり、腸はただ便が通過するための臓器

ではなく、そこには脳に次ぐたくさんの

神経細胞があることがわかってきたのです。


腸の神経細胞は、独立したネットワークで

他の消化管と協調して働いているととともに、

他の臓器にも直接司令を出す重要な器官で、

脳と同様に自律神経回路によって、神経細胞

と神経細胞の間に神経伝達物質を飛ばしなが

ら情報を伝達しています。

脳には約150億個以上の神経細胞があり、

ここから指令を出すことで全体をコントロール

しています。その数には及ばないものの、

小腸、大腸を合わせた腸内には、約1億個以上

」の神経細胞があるといわれているのですね^^。


その数は他の体内臓器の中でもとくに多く、

脳に次いで2番目に多いとされています。

脳とつながる腸の神経束は約2000本と

比較的少なく、それは腸独自の神経ネットワーク

をもっていることを示しています。


また腸は独自の脳として存在する一方、

大腸などは脳とかなり密接的なつながりを

持っているとも言われます。


「腸脳相関」といわれるように、近年、大腸と脳

の密接な関係に注目が集まっています。


大腸には脳と同じ神経が多く分布していること

は話してきましたが、それらは密接なネットワーク

で結ばれています。


そして自律神経によって脳とつながり、

いつも情報をやりとりしているのですね。


脳が、不安、あせり、プレッシャーなどの

ストレスを感じると、自律神経を介してそれが

瞬時に大腸に伝わり、便秘や腹痛や下痢を

引き起こします。

これは逆のことも言えます。


下痢や便秘などの大腸の不調は、自律神経を

介して脳のストレスになります。


つまり、ストレスの悪循環がおきやすいんです。

うつ病が、脳だけでなく、大腸と自律神経および

セカンド・ブレインが大きく関与することもわかっています。

そして、ここでカギをにぎるのがセカンドブレイン、

いわゆる腸神経において重要なはたらきをする

セロトニンという物質。


うつ病にいたらずとも、誰にでもイライラしたり、

どうにもやる気がおきなかったりと、情緒不安定に

なることがありますが、こうした人間の精神活動に

大きく影響しているのがセロトニンという伝達物質。


セロトニンは、喜びや快楽を感じたときに

分泌されるノルアドレナリンなどの神経伝達物質

などの情報をコントロールし、興奮をおさえ、

感情を安定させるはたらきがあります。


常に心穏やかな生活が送れるのは実はセロトニン

のおかげでもあります。

うつ病は脳内のセロトニンの減少が影響すると

言われています。


セロトニンが何らかの理由で不足してしまうと、

感情にブレーキがかかりにくくなるため、

イライラしやすくなり、ストレスを強く感じたり、

うつ病の引き金になるともいわれています。


これはまだわかっていませんが、セロトニンの

大半は腸で作られるので、これが、脳内のセロトニン

とも何らかのつながりがあるのかもしれません。

脳と腸のつながり。


遠いようで、実は密接なつながりともいえます。^^。


現代によくみられる過敏性大腸炎もまさにその

ことが関わっていると言えるでしょう。


腸は独自の脳を持っているとともに、大脳とも

密接に関わっている。


知れば知るほど、深い臓器です。


2013-06-09 17:24 : 医学 : コメント : 12 : トラックバック : 0 :
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